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シェル・グロット-Margate(マーゲート)

Margateからのイメージの最終回は、シェル・グロット(Shell Grotto)。
グロットというのは、主に18世紀に地方の大屋敷の庭園内に、人工的に作り出された洞窟・岩屋のことで、<こんなようなもの>。
バロック期のイタリアからの影響で、その人工洞窟を、貝殻で装飾された例が多いのだが、その場合シェル・グロットーと呼ばれている。
海を見に行ったマーゲートで、ここに不思議なシェル・グロットがあって、公開されている・・・と聞いたので、2日目の朝Fontaineを訪れる前に寄ってみた。
何が不思議かというと、いつ誰によって何のために作られたのかが、現在も不明だということ。
1835年にこの土地の所有者が、アヒル用の池を掘っていて、突然この、4万6000の貝殻で装飾されたグロットを発見したといわれている。当時マーゲートは、有名なリゾート地だったので、3年後の一般公開以来「マーゲート名物」となった。

住宅地の中に、突然「Shell Grotto」の看板があって、入り口はショップ部、といえば、聞こえはいいのだが、日本でも海水浴場にありそうな、キッチュ系のお土産やさん。しかし、ここでひるまずに、入場料3ポンドを払って、中に入ってみた。

訪れたときには、グロットといえば18世紀。なので、誰か酔狂な人間が(フランスのChevalの理想宮のように)、こつこつ作り上げたのじゃないか・・・程度に考えて、写真撮影を楽しいんでいた。

The Shell Grotto - Margate
入り口を降りると、通路は丸く円を描いて別れていて、その先にドーム型の明り窓が開いている。
そこからまた、カーヴを描いた通路が続き、奥の祭壇のある小部屋に繋がっている。

The Shell Grotto - Margate
などと・・・、言語能力のない私がいくら説明しても、
きっと意味不明だと思うので・・・、ヴィジュアル。
左上が入り口で、右が祭壇のある小部屋。
略図でパネルの模様の概略も示されている。

The Shell Grotto - Margate
私がよくやる、モノクロを被せる後加工して仕上げた写真ではなくて、
実際にこんな感じで、全体にグレイ一色。
19世紀に公開された時に、照明としてガス燈が使われた。
それから約100年近くの間に(1930年に売却された折の表記にも「ガス燈」と記されている)、
ガスの火から出る煤が表面に蓄積して、こんな状態になってしまったそう。

The Shell Grotto - Margate
これは、入り口にある展示室に置かれている、
中のパターンの一部を模して作られた、19世紀のサンプル。
これは、変色していないので、当初の、
そして19世紀に発見されたときの色を、推測することができる。

ちなみに、現代の技術をもってすれば、当初の色に復元できるのではないのか?
と、誰でも思うのだけれど、この場合必ず「水分」が使われる。
貝の保存に、水分は最も避けたいことなのだそう。
なので、このすすけた色のままで保存されている。

The Shell Grotto - Margate
19世紀の広告ポスター。
ここにもちゃんと「ガス燈で見事にライトアップされた・・・」とある。

The Shell Grotto - Margate
装飾パターンは、星、花などと推測できるものもあれば、
意味はあまり解らず、ただ幾何学的・・・と、思えるものもある。
全体に、素朴なタッチ。
これでもう「素人さん」の作ったもので、
少なくとも、18世紀のプロの装飾家のものではないことは明白。

The Shell Grotto - Margate
明り採りの付いた、ドーム部。
最初この穴が発見のきっかけになったそう。

The Shell Grotto - Margate
明り採りの部分。

The Shell Grotto - Margate
曲がった通路に描かれたパネルのひとつ。
花のようでもあり、人の顔のようでもあり、宇宙人っぽくもある?

The Shell Grotto - Margate
その奥にある「祭壇のある小部屋」で、正面に見えるのが祭壇。

The Shell Grotto - Margate
その祭壇。
左上に19世紀のサンプル・パネルのオリジナルになったと思われるパターンあり。
それにしても、これらのパターンが「不思議だな」とは思った。
イギリスどころか、ヨーロッパの、どんな様式とも関係がないのだった。
全く装飾様式の知識のない人間が作った・・・とも思える。
それにしては、円形クラスターなどの、作りは正確なので、
「技術」を持った人間であることは確か。
ちなみに、貝は石膏で留めつけられているそう。

The Shell Grotto - Margate
同様の星のパターンが、繰り返し現れる。

The Shell Grotto - Margate
西側の壁。
東側の壁も同じような装飾が施されていたらしいが、
第二次世界大戦中の爆撃で崩壊して、現在はフラットなコンクリートの壁になっている。

Margate Shell Grotto Seance
Photo by CathyL @Flickr
この「祭壇の小部屋」の不思議な雰囲気から、降霊術の集会にも使われた。
展示されている写真は、1939年のもので、
「誰が参加しているのか、識別できれば、ぜひお知らせください。」

The Shell Grotto - Margate
これは、表の入り口で、まるっきり住宅街の中にある。

実は、話が俄然面白くなってのは、ここから帰ってからなのだった。

帰りに、ブログに書くとき用の資料に、と思って小さなブックレットを買った。

Enigma cover
2011年に発刊された、パトリシア・ジェーン・マーシュ著
「マーゲート・シェル・グロットの謎」
(Amazon.co.UKでは<ここ>で販売されている。)

それまでも、さまざまな推測説の出版物や言及はあったらしいが、この著者の論理的アプローチは、現在のところほぼ「決定版」という意見に傾いている。

この中では、①製作の機会-ここの土地の所有者が作ったのか?そうでなければ、どうやってアクセスしたのか?どうやって、秘密裏に製作することができたのか?(19世紀の発見まで、ここに「何か」ある、ということは全く知られてもいなければ、記録にも残っていない。)
②動機-何のために、何に使うため作られたのか?全186平方メートルの、膨大なモザイクを作るには、何らかのシリアスな動機があっただろう。
③実行性-これを作るための時間、あるいは資金(あるいはその両方)は、どこに由来するのか?
(グロットを掘って飾る・・・のみならず、この量の貝殻を、採集・運搬する労力もある。ちなみに、貝殻はすべてローカルな地域で採集される種で、「エキゾティック」な種は含まれていないそう。)
④技術-これを作った人(達)は、グロットを掘り、同時にモザイクを製作する技術も持っていたのか?
⑤図像学-どのような文化背景で、このパターンが作られたのか?
という、5つのポイントから、19世紀発見者、あるいは、その関係者説、18世紀の近隣の屋敷の庭園フォリー(装飾建造物)説、チューダー期説、テンプル騎士団説、ローマ帝国期説を検証し、矛盾を提示していく。

最後に、この5つのポイントを満たす説として「フェニキア人植民地区説」が引き出される。
フェニキア人は、紀元前12世紀頃の、地中海の海上交易民族として知られているが、実際にはスペインの海岸を伝って、北ヨーロッパにも殖民地区を持っていた。
イギリスでは、コーンウォールで錫を採掘し、交易に使っていたことが知られている。
マーゲートのある地域は Isle of Thanet(サネット島)と呼ばれ、ほんの数百年前まで、水路で分断された島だった、ということは前回にも書いたが、そのThanetの語源は、フェニキア人の女神「Tanit(タニット)」に由来するものと、現在では考えられている。つまり、イギリス南東海岸に、古代フェニキア人入植地区があったことは、歴史的にも証明されている。
そして、フェニキア人説を採ると、いくつものパターンに、古代中近東のものとの類似性・関連性を認めることができるのだった。
また、この地域は柔らかいチョーク石と、不定形で硬いフリント石しか採れず、神殿建造に適した石材が得られなかったため、洞窟の形態をとったのだろう、ということも推測されている。

この著者の結論は、「このグロットは、紀元前1000年代後期に、古代フェニキア人が、現サネット島に、航海ポイントとしての入植地区を築いた際、最初に建造された、女神タニットの神殿で、その後ローマ人がブリテン島に迫ってきた時に、封印され隠されたもの。」という、最もエキサイティングな説を証明したもの。
実際には、科学的証明や、その他の物理的裏付け発掘は、なされていないので、いまだに有力「説」の状態ではあるのだが。
現代では、放射性炭素での年代測定も可能ではあるけれど、19世紀以降の修復との混同を軽減するためには、多くの貝サンプルを、保護されているモザイクから採取せねばならず、コスト的にも困難なことから、この方法はいまだにとられてはいないということがサイトに記されていた。

このブックレットが、推理小説なみに面白くて、普段は何も読まない私が、一気に読んでしまった(笑)。

The Shell Grotto(シェル・グロット)

Grotto Hill, Margate, Kent CT9 2BU U.K.
TEL 01843 220008

冬の間は週末のみ 10時~4時のオープン。
夏時間(3月末~11月頭)時期は、毎日10時~5時のオープン。
詳しい情報は英文で<このページ>に。

地図:

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